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2012.01.23

福應寺毘沙門堂

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角田市の北端にある「福應寺毘沙門堂」

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お堂は精巧な彫刻が刻まれ、よく見ると朱色で塗られていたのか、少し色が残っています。
もしかしたら、昔は色鮮やかだったのかもしれませんね。


■歴史
1610年頃、政宗の家臣・片平新太夫がここ鳩原に地頭として移された際、福應寺にお堂を建て、守り本尊としていた毘沙門天を祀りました。


■毘沙門天像
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(画像:現地案内板より)
高さ84.7cmの毘沙門天像は、はっきりとした作者名は残ってないのですが、なんとあの運慶の作と伝えられています!この力強さ、、、まさしく運慶っぽいですよね?!
さらに毘沙門天の妃といわれる「吉祥天女像」と毘沙門天の変化神「善尼童子」が一緒に納められています。


■ムカデ絵馬
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(画像:読売新聞掲載写真に着色したもの)
そして県内初の国の重要有形民俗文化財になると、今話題のこの「絵馬」!
ムカデが書かれた絵馬が、なんと2万3477枚も保存されています!!(破損したものも含めると、約3万枚にもなるそうです)

一番古いもので244年前のものが残っており、文字や絵がはっきりと読めるほど保存状態の良い絵馬がこれだけ大量に残っているということ自体、とても貴重な例だそうです。
よく見ると角田のみならず、名取や亘理などからも来て奉納していった人もいるようです。

■なぜムカデ?
この地域は養蚕が盛んでした。その頃、ネズミが蚕を食べてしまう被害が多くありました。そこでネズミが嫌うとされるムカデを絵馬に書き、さらにムカデは毘沙門天の使いと言われたため、この毘沙門堂に奉納したと考えられています。
当時、絵馬は毘沙門堂の床下に放り込まれる形で奉納されていました。

■なぜこんなに残っている?
養蚕農家が奉納された絵馬をお堂から1枚借りて家に飾り、1〜2年後に借りた絵馬と新しい絵馬=計2枚を奉納するのが習わしでした。
1枚借りて、2枚返す…という方法だったうえに、普通は燃やしてしまう絵馬を燃やさずにとっておいたため、大量に残ったというワケのようです。

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絵馬は、保管していた建物が震災の影響で倒壊しそうなため(上写真)、現在は市民センターに保管されています。


■千年榧
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お堂のある丘の下には樹齢800〜1000年といわれる「千年榧」がそびえ立っています。
さすが1000歳近い超巨木!複雑に伸びた枝やかなり太い幹、貫禄がありました!




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